ボランティア・インターンシップTOP > 旅コラム&旅情報 > 特集 > 東日本大震災とネパール大地震、復興支援の今【前編】

旅コラム&旅情報
2018.03.22

東日本大震災とネパール大地震、復興支援の今【前編】

東日本大震災が発生して7年、ネパール大地震が発生して2年が経ちました。地球の歩き方の旅はこれまで震災ボランティアツアーを実施する形で、宮城県金華山では2012年から、ネパールパトレ村では2016年から、復興支援に従事してきました。これらの支援を通じて地球の歩き方の旅が見てきた被災地の現状を見つめます。

東日本大震災から7年。宮城県金華山、変わりゆく支援のニーズ

宮城県 金華山 東日本大震災 復興支援ボランティア5日間

被災直後の金華山

2011年3月11日、東日本大震災が発生。震源地に最も近い金華山にもM9.0の巨大地震が猛威を振るいました。幸い人的被害は少なかったものの、1200年以上の歴史を誇る金華山黄金山神社は灯篭が崩れ、鳥居も根元から折れるほどの惨状と化しました。

灯篭が崩れ、鳥居も根元から折れるほどの惨状

離島勧告を受けた金華山神社の職員が再び島に戻れたのは震災発生から約1ヵ月後。まずはライフラインである水の補給経路の確認をするところから、長い復旧への道のりは始まりました。

グニャグニャに波打つアスファルト

震災から約半年後には大型台風が上陸。地震で緩んだ地盤に雨水が入り、島内のいたる所で大規模な土砂崩れ(山津波)が発生しました。神社施設の一部も土砂に飲み込まれ、桟橋から境内へ続く唯一の参道もアスファルトごと押し流される事態に。まさに一進一退の復旧作業が続きました。

地道な復旧作業

震災から7年。変わりゆく支援のニーズ

地球の歩き方の旅が復興ボランティアツアーをはじめて実施したのは2012年のこと。当時の支援活動は参道や境内の修復、スコップや一輪車などを使った土のう作りと運搬など、力仕事が中心でした。延べ300人以上、中学生から70代の方までの幅拾い年齢層の参加者のご協力と、現地で活動されている団体やボランティア方々のご尽力で、震災前の美しい金華山黄金山神社の姿が戻りつつあります。

美しい金華山の自然

一方で、震災の影響から金華山黄金山神社の参拝者は大きく減少。原因は神社を支えてきた地元の漁業従事者を含む、東北地方の氏子さんや信者さんも同じく被災し、参拝に訪れることが困難になってしまったからです。参拝者の減少から、黄金山神社は神職の人員削減を余儀なくされました。

金華山黄金山神社の参拝者

震災発生から2年経ち、ようやく金華山への定期船が再開。被災された漁業従事者の方々の生活基盤も徐々に再建され、参拝者の数が回復しつつありますが、震災前のように受け入れられる体制が整っていないのが現状です。このように建造物の復旧、インフラの回復など一見してわかる復興は進んだものの、「コミュニティの再生」や「経済の復興」という可視化しづらい課題は依然として残っています。

これからも現地の状況を見据え、その時々に必要とされる活動を

地球の歩き方の旅の復興支援ボランティアでは金華山の復興支援活動を継続している「VC(ボランティアセンター)を支援する会山形」「一般社団法人サステイナブルデザイン工房」の活動に参加しています。地域のボランティアセンターでは掌握しきれない被災者のニーズを「VC(ボランティアセンター)を支援する会山形」が汲み取り、それを元に活動を行います。現在実施している活動は主に神社の社務所業務のお手伝い。参拝者で賑わう神社でお守りを受け渡すみこの役割や掃除などの裏方の役割を担当しています。

社務所の仕事をお手伝い

VCを支援する会山形代表、押切珠喜さんは次のように語ります。「金華山は全島のほとんどが御神域である為、政教分離の原則から行政の支援が受けられません。また、離島であるがため、支援活動に際しては渡船の手配や寝食の確保など、様々な困難が重なります。2012年夏からはこのツアーが始まり、全国から多くの方々が参加して下さることで、金華山への渡航や合宿体制が堅固になり、効果的な支援活動が実現できて大変感謝しております。」震災から6年。「VC(ボランティアセンター)を支援する会山形」「一般社団法人サステイナブルデザイン工房」をはじめ、風カルチャークラブ、地域の支援団体と協力しながら、これからも現地の状況を見据えた、その時々に必要とされる支援を届けていきたいと考えています。

震災復興ボランティアツアー

ネパール大地震から2年。遅れる復興

家屋の再建作業へ

死者は9,000人以上に上り、住宅など90万棟の建物が崩壊したネパール大地震。地球の歩き方の旅が見てきた被災地の現状を見つめます。東日本大震災とネパール大地震、復興支援の今【後編】

宮城県 金華山で行っている活動